[俳優として、スタッフとして]
「なぜ、俳優として連続出演しているんですか?」と聞いてみた。
「出て、と蜷川さんに言われて、それはもう決定事項のようだったから」とサラリと答えた。
出演にあたり、生まれてはじめてコンタクトを購入したそうだ。
『カリギュラ』では、ケレアの家で貴族をたくさん招いて食事会が行われる場面で、何人かの奴隷が支度に現れる。
「ほかの奴隷がおどおどしているのに、明石さんは堂々と作業をしているのが興味深いんですよ」
「だって、その前にカリギュラが、奴隷を解放して労働を貴族にもさせるって言っているでしょう。だから、もうおどおどする必要はないと思って。それに、おどおどしてたら、迅速に作業できないから。カリギュラの性格からしておどおどしている人間こそ狙ってくると思うし、エリコンが奴隷から引き上げてもらっているし、カリギュラは奴隷にとっておそれる存在じゃないんじゃないかな」
戯曲を読み込んでいる! 25年、演出部、舞台監督などをつとめてきた経験だろうか。
「こじつけだけど……。自分がやりたいようにやるためのこじつけだけどね」
自意識を極力消して黙々と迅速に作業する行為は、どんな俳優よりも、裏方を行ってきた明石こそリアルに演じられるのかもしれない。
「蜷川さんの舞台は、スタッフが登場することが多いですね。“これは、作りものなんですよ”っていうことをお客様に伝えるために。最近だと『タイタス・アンドロニカス』(04年、06年ホリプロ)は、開演前に準備しているところからはじまる。『白夜の女騎士』(06年Bunkamuraシアターコクーン)でも、蜷川さんは転換を行うスタッフにも黒いヘルメットをかぶらせ革命家のように見せていた。『ひばり』(07年Bunkamuraシアターコクーン)も最初にスタッフが客席から舞台に上がっていく。そもそもニナガワ・スタジオの旗揚げ公演『稽古場という名の劇場で上演される三人姉妹』は、ダメ出しまでも作品としてやっていたしね」
そんなニナガワ・スタジオ公演で明石は何度となく出演していたと聞いた。
「それもスタッフとして。『待つ』公演の時、僕が突然出てきて“セットが不備だ”という報告を蜷川さんにして、200円をお客様に返すっていうことをしたりとか。最初はやっぱり緊張しましたよ」
スタッフとしてでない出演は『待つ』の中の『KITCHEN』。浮浪者の役をやった。
「スタジオ公演って俳優がつくってきたエチュードを元にして構成していくんです。『KITCHEN』のエチュードをつくっている時、僕が手伝っていて、そのまま俳優の手が足りないからって出ることになってしまったんですよ」
05年『KITCHEN』がBunkamuraシアターコクーンで上演された時、浮浪者役をやった塚本幸男は、「明石さんのやった浮浪者はインパクトがあった」と回想している。
『エレンディラ』の翼の生えた男役もインパクトがあった。演劇評論家の扇田昭彦までが「あの人は何者なの?」と興味をもっていた。「初日のカーテンコールで彼だけずいぶん端にいたけど、重要な役なんだから、もっと中心よりに立たせてもいいくらいじゃないかな」と言っていたほどだ。
「健康診断で肉体年齢が80歳って言われた」と笑う明石。力尽きた老人らしさがよく出ていた。舞台上でせりふをしゃべることは『エレンディラ』も『カリギュラ』もなかったが、ふだん明石の話す声はとても小さく、ポツポツと話す。
しかし、単に弱い人間ではあの役はつとまらなかった。
車で男が引きずられていく場面がある。
意識があればどうしたって抵抗してしまうものだが、為す術もなく引きずられていく演技は、なかなか難しい。
「うまく引きずられるように、車と脚をつなぐワイヤーの距離を、稽古後に実験して調整しました。長すぎても短すぎてもダメなんで。引きずられると、床に擦れて火傷をしてしまうので、自分で肌をカバーするガウンをつくったりもしました」
本番中、両足についたワイヤーの片方が外れてしまったことがあった。
「一本だと、うまく引きずられないので、咄嗟に、一本のワイヤーを片足に巻き付けました」
そんな日々のせいか、現在もぎっくり腰になっていて、脚の毛細血管に血が通ってないのだとか。臑や背中にテーピングが欠かせない。
「白髪もある時、急に出はじめて。最近、また黒い毛が生えてきましたよ。医者によると不摂生がいけないらしいけど(笑)」
出演者でもありスタッフでもある明石は、『カリギュラ』公演中、フル稼動していた。マチネ、ソワレの間は、舞台の掃除をしていたそうだし、11月30日に東京の千秋楽が終わり、舞台のばらしを夜中の3時までやり、朝5時台の新幹線で大阪入り。仕込み作業をしていた。
大阪楽屋の入り口にある着到板で、ひとりだけ明石のプレートが、入の白になっているのが印象的だった。
『カリギュラ』2部の最初、タキシードを着て踊る場面も、ダンスの稽古を、ひとり、稽古の後、スタッフ作業が終わってからやっていた。
「本職のダンサーじゃないからヘタでいいという設定だけど、できなすぎてもよくない。ちゃんとやった上で崩したいと思って。スタッフと俳優とどちらもやっていると体力的にキツイし、精神的にもキツかった。どっちも疎かにしてはいけないから」
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