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現場ルポ..............激流/蜷川幸雄 2006 - 2007

      インタビュー1
    2006年初頭
       
 
  エピソード1/ 茂手木桜子
    羊をかぶった少女
       
      インタビュー2
     2006年春から秋
       
      エピソード2/ 前川遙子
   大抜擢
       
      エピソード3/ 神保良介
   26歳のベテラン
       
      インタビュー3
   2006年晩秋から冬
       
      エピソード4/ 遠山陽一
  今が一番輝いている時
       
      エピソード5/ 宮田道代
  裂けたシューズ
       
      エピソード6/ 石田佳央
 まだまだこんなもんじゃねえ
       
      エピソード7/ 泉裕
  おーい、救けてくれ!
       
      インタビュー4
  2006→2007
       
      インタビュー5
  2007
       
      エピソード8/ 鈴木豊
  ホーム&アウェー!?
 
   

[Episode.8 鈴木豊 ホーム&アウェー!?]

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3月初旬。『恋の骨折り損』(07年3月彩の国さいたま芸術劇場)の稽古を見に来ていた鈴木豊に声をかけた。
『コリオレイナス』(07年1月彩の国さいたま芸術劇場)の地方公演の合間に稽古を見に来た鈴木は、第4幕第3場の王と貴族4人たちが恋について思いを馳せるシーンに喜劇性よりも抒情を盛り込みたいと蜷川が心を砕いているのを見て、「稽古を見ているといろいろ去来するものがありますねえ……」と意味深げにつぶやいた。
 稽古場外の廊下に据えてある椅子に座って話をした。『骨折り損』の出演者やスタッフが鈴木に次々と声をかけて通り、彼らが共に芝居をしてきた時間を感じさせる。

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[たった3分の出番のために]

『コリオレイナス』、第4幕第3場(偶然同じ4-3だった)で、鈴木が演じるローマ人ナイケイナーとヴォルサイ人(田村真)が街道ですれ違うシーンがよかったと伝えた。この芝居の周辺は戦場で、主だって語られない人達もまた、この時代、この場所で必死に生き抜こうとしていることがわかる大事な場面だと思ったから。
 ナイケイナーは下手から松葉杖をつきながら歩いてくる。上手から来た男に声をかけ不審に思われたところを、義足を外し汚れた顔を拭き正体を現す。そこで、彼が実は故郷ローマを裏切った反逆者で、コリオレイナスが追放されたという情報をもってヴォルサイに向かうところだったことがわかる。
「あの場面はカット候補になりやすいところらしくて、そうならないように稽古前からいろいろ考えていました」
 まずはその場面までの稽古を見ながら、階段は使えないと判断、舞台の前面のみを使った場合どうするのが効果的かを考えた。下手袖から出る時は義足をつけ足を引きずりながら歩き、上手袖へと去る時は外し勢い良く走ることで、前面を横移動するだけの短いシーンにドラマが生まれる。しかも義足という仕掛けは、戦場の反逆者という設定には合っている。さらにはそれによって役の心情を表すこともできる。
「心と体は一緒だという気がするんですよ。だから、義足をつけて身体の軸を歪めさせることで反逆者という屈折した心情も表すことができるんじゃないかって」
「これでやってみよう」と決めたのは、この場面の稽古2日ほど前だった。
 ナイケイナーは「自分のもっている情報でローマを転覆できる、味方を欺き息を潜めていた反逆者が一転ヒーローになれるという野心を燃やして道を急いでいる」というサブテキストを作った
 稽古でこの芝居を見た蜷川は「よかったよ!」と痛快そうな顔をした。
 240頁ある分厚い台本のわずか2頁半のシーン、時間にしたら3分くらいだが、テキーラ原液ショットグラスで一気呑みみたいに効く芝居になった。
「シェイクスピアの戯曲では一市民が大事な状況を説明することがよくある。こういった部分でこそヒットを打っていくことを蜷川さんには課されますが、難しい部分ですね」

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出番直前、気持ちが高まった時                   


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[掛け持ち所属の日々]

 鈴木は蜷川の現場で常にこのようにして自分の居場所を意味のあるものにしてきた。
 鈴木豊が蜷川と出会ったのは96年。当時、鈴木は仲代達矢主宰の無名塾塾生だった。三年塾生をやった後、準塾員にあがる試験期間中、他の現場での経験もしたいと思い知人の紹介でニナガワ・スタジオ(当時はニナガワ・カンパニー・ダッシュ)を受けた。「すげえ奴がたくさん集まっているって聞いたんです」
 オーディションで『弱法師』のエチュードでやった。課題は戯曲の一部を抜粋したものだったが、無名塾での演劇経験を積んだ鈴木は事前に三島を読破し自分なりに解釈して臨んだ。
 蜷川に芝居を誉められてスタジオに合格した鈴木は、無名塾とニナガワ・スタジオ、ふたつに掛け持ちで所属することになった。
「明確に言えばホームは無名塾でアウェーがスタジオというところですが、どちらもぼくにとっては大切な場。スタジオは自由な場なのでこういった形をとらせて頂けてありがたいです。実際、90年代スタジオ公演を経験したことは財産になっています」
 冷静に考えてみるとふたつの劇団を掛け持ちしているという異色な状況だが、殊更異色と強調もせず言葉少なに説明した。基本的にマイペース、どちらかと言えば孤独好きなのだと言う。そういえば『タイタス・アンドロニカス』のストラットフォード・アポン・エイヴォン公演の際(鈴木はタモーラの息子カイロンを演じた)、滅多に来ることのない土地――それもシェイクスピアの聖地ということもあり、テンションが上がった出演者たちが何人かで集い街を歩き回ったりしている中、鈴木が誰ともつるまずひとりで散歩している姿を目撃したのが印象的だったのを思い出した。主にホテルの部屋で持参したギターを弾いて過ごしていたそうだ。
 鈴木と仕事で言葉を交わすようになって3年ほど経つが、公演パンフレットに掲載する役の話を聞く以外、パーソナルな話はしたことがなかった。ロックが好き、という話は聞いたことがあったけれど。初めて話を聞いた時、『オイディプス王』(04年シアターコクーン)のコロス役で坊主頭にして、それに合わせてピアスをしたと言った。ギリシャ悲劇なのに現代的なアプローチだなあと思ったが、今になって、集団の中に埋没しないでコロスに個別性を盛り込もうとしていた俳優としての取り組み方や、鈴木の個人的資質が合点がいった。個人的な話だが、時間をかけることで人とコミュニケーションできることもある。サイトの企画をはじめてよかったと思った。
 さて、話を戻そう。スタジオに入った鈴木は、無名塾の公演と掛け持ちしながらエチュードをつくって蜷川に見せていた。サローヤンの『おーい、救けてくれ!』(スタジオエチュードの定番)と安部公房の『時の崖』の2本を一気にやってみせた。『時の崖』は、落ち目で噛ませ犬のボクサーが負けるとわかっている試合に挑むひとり芝居。延々台詞をしゃべり続ける力作。これが蜷川に認められて『1998・待つ』の演目になった。「あまりに体力を使う作品で、本番中もう保たないと思って袖に引っ込みかけたこともある」ほどの凄まじさはスタジオ公演でも伝説のひとつだ。
 そして同年、彩の国シェイクスピア・シリーズの『十二夜』に出演が決まった。2000年には『夏の夜の夢』でディミートリアスを演じ注目された。2001年には『近代能楽集〜卒塔婆小町』で初めての海外公演を経験した。そうした積み重ねを経て蜷川作品には欠かせない存在となっていった。長身で精悍な雰囲気を放ちつつ、シェイクスピアなどの古典も確実に演じてきた。

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[蜷川の演出に魅せられて]

 蜷川の現場でどんな役でも常にヒットを求められる状況と闘い続けてきた鈴木に『骨折り損』の稽古では何が去来したのだろうか。
「ちょっとへんな例えかもしれないですが…蜷川さんがシェイクスピアを料理(演出)すると、一口食べたら忘れられない味になってしまう。“抒情”というスパイスが効かせ味になるのかな。稽古をやっていたシーンを見ていても感じましたが、国も時代も超えて今の自分たちの感情と重なるんですよね。『コリオレイス』でも、上演される機会が少なかった作品だというのに、今回どの都市をまわっても途中必ずすすり泣きが漏れ、最後にはスタンディングオベーションになるんです。蜷川さんの演出がお客様の心の根っこにある何かしらの記憶と通じるんだと思います」
 世間からコワイと思われている蜷川幸雄だが、鈴木にとっては少し違う。
「オーディションを受ける前に一度稽古場を見学させてもらったことがあったんです。『身毒丸』の初演の時(95年)。“無名塾の塾生がこんなところに見学に来ていていいの?”と笑いながら話しかけてくださって、とてもフランクな方だなって思ったんです。稽古は当然厳しいですが、僕の中ではいまだにその時の蜷川さんの印象が強いですね」 
 蜷川の厳しい言葉で印象に残っているのは「その程度じゃ上にいけねーよ」
 この台詞を胸にもっと上を目指す。『コリオレイナス』は『近代〜』以来2度目のバービカン劇場。「ロンドンでも、ぼくが演じるナイケイナーが通用するか挑戦ですね」。蜷川には「世界の一流の基準を身をもって教えてもらっていること」に感謝をしつつ、それはかなりの重圧でもあると自覚している。
 世界の一流と並べるようになるためにーー。
 理想は、舞台に立っている時とふだんのギャップがないこと。それは、今の自分のキャラだけで演じたいということではなくて、ふだんの自分の内面を豊かにすることで役も膨らむということだ。蜷川と仕事をしてきて欲するようになったのは自身の人間性が醸し出される演技。
「勢いだけでやれた時期もあったけど、今はもっと本質をつきつめていきたいと思っています。たとえば、役者として自分の肉体をつきつめていくことが人間性にも繋がっていくと思うし。人間関係を大事にするとか日常の心がけも大事だと思うようになってきました」
 インタビューの後撮影をした。劇場の椅子にもたれると、ロック雑誌の特写みたいなポーズをごく自然に取った。髑髏のTシャツ、シルバーのアクセサリーとファッションもロックミュージシャンのようなのでハマッている。
 その写真を見て「ロックが好きで専門誌をいっぱい読んできたから、それっぽいポーズは自然に覚えていてやりやすいんだなあ」と笑った。「やっぱり記憶って大事ですね…」
 
「自分たちの体験や認識が生きる演劇をやりたい」という蜷川幸雄の言葉もまた鈴木の記憶に息づいている。

 追記
 鈴木が出演した最近の作品の中で、『お気に召すまま』(04年)のオリヴァー、『ロミオとジュリエット』のマキューシオ(05年)、『タイタス〜』のカイロン(06年)なども印象は強いのだが、もっとも出番の少ない『コリオレイナス』のナイケイナーに殊更興味をもった。インタビューをしてから気づいたのは、ナイケイナーも鈴木と同じくホーム&アワェー(ローマからヴォルサイへ)の人間だからかもしれないということ。もちろん鈴木は反逆者ではない。心根は違うけれど、自分の実力だけを頼りにした生き方が、芝居という嘘を真実に近づけたからかもしれない。やっぱり記憶って大事だなあと思った。
 思えば、ナイケイナーの行為は主人公のコリオレイナスがローマからヴォルサイに転身するのと同じ。英雄と一市民を重ね合わせた意図がシェイクスピアにはあったのではないかと蜷川幸雄と鈴木豊から気づかされたような気がした。 

 

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