――ニナガワ・スタジオというのはどういうものですか?
蜷川「若くて無名の俳優がじじいの権力を利用して世に出る場所。時にはじじいのごり押しで道を拓くってことがあるわけです。若いってことと無名に対して世の中はなかなか投資をしてくれないから、じじいの権力をそういう時のごり押しのために使えばいいと思って。ただし、世に出るためには、訓練されて、ある種の社会化されたものをもたなきゃいけないので、無名の若者たちを教育する場がほしかった。同時に、経済性に関係なく実験的なことがやれる場所もほしかったので、スタジオをつくったんです。スタジオって呼んだりカンパニーって呼んだり、その時々で名称もメンバーも変わっています。ここでの決まりは稽古場代を払うってことだけ。皆でこの稽古場は維持していこうっていうのを見せているわけですね。自主性以外は、この場を保障するものはないってことのために、ぼくも同じ金額を払っています」
――そこに高橋さんが入ったきっかけは?
高橋「お金がなかったので、入って月々これだけ頂きますよって言われたら困るし、あと、芸歴とか年齢とか条件のないところを探してみつけました」
蜷川「なんでもよかったんだろ? 高橋にとっては。女だったら誰とでも寝るってことでしょ(笑)。それはまあね、いいと思うんだ」
高橋「っていうか、とっかかりがないですから、最初は。何か芝居に関わるとっかかりを探していったら、蜷川さんの劇団をみつけたんです」
――オーディションの時の高橋さんの印象は覚えていますか?
「覚えてるよ。スクエアなっていうか普通の若者に見えるなぁと。その時、バイトしてるのか?って聞いたよね。苛酷な条件の中で演劇を学んでいくことになった時、バイトしてると、持続できるのかな?ってことは聞いたよね」
高橋「親はダイジョウブなのか?って聞かれたのは覚えています。こういう厳しい世界に入るコトを親はどう思ってるのか?って聞かれて、全然ダイジョウブですって言ったのを覚えています」
蜷川「普通、親は子供に安定した生活を望むから、賛成しないですよね。せっかくチャンスをあげて育てても、反対されたら、せっかくかけた1人分の時間が減っちゃう。自由な場だし人数制限もしてないけれど、すぐに来なくなっちゃうんじゃ意味はないし、まず持続できるかなってことは気にしますね」
高橋「問題なくっていうか何年かかっても舞台やりたかったんで、やらせてくださいと言いました」
――どういう人をオーディションで選んでいますか?
「勘だよね。どちらかと言うと、よそだったらいやがる人をとってるかもしれないね。たいていどこでも社会化されてる人を選んで、集団を乱しそうな人をものすごくいやがるけれど、ぼくはそういうものに対して割と許容量が大きいんだよ。少々態度がいいとか悪いとか、あまり関係なく選んでるのね。例えば松重(豊)は、はじめから、3年で辞めるだろうな、でも芝居がいいからちょっと教育してみようとか思って選んだ。勝村(政信)なんかもそうなんだけど。みんなだいたい生意気なんだよ(笑)。別に態度が悪いってわけじゃないけれどしおらしくないんだよね。でも才能があるし、この場は彼らの才能の伸ばすために役に立つかなと思って選ぶ。高橋もその中のひとりです」
――高橋さんも生意気だった?
蜷川「生意気っていうか……そう素直じゃないでしょ」
高橋「いや、ぼくはいたって普通でしたよ」
蜷川「最初はそうだったんだけど、すぐわかったね、コイツは浮くって」
高橋「浮いたのは入ったあとですね。その年入った人が15人くらいいたんですよ。スタジオの芝居の稽古って、自分たちで自主的にエチュードをやることが主なんです。まず自分たちでパートナーをみつけて作品の抜粋を稽古して発表する。それをやるために、2、3人のグループをつくっていくんです。最初ぼくは誰にも相手にされないで、エチュードをはじまるまでにもいかないまま2ヶ月くらい経っちゃって……」
蜷川「それがカンパニーのやり方でもあるわけでね。ぼくが、誰と誰が組んでこれをやりなさいって言うこともできたけど、まず自分で相手を探すってところからはじめたほうがいいと思ったんです。相手をくどいてその人と一緒に仕事をしてもらう。それができない人はモノローグをやる(編集注:他の劇団などから知り合いをひとり誘ってやることも許可されていると、07年のオーディションで蜷川は言っていた。よそから来た人の芝居が注目されて、公演にキャスティングされるようになったこともあるそうだ)。そういうふうにして自己表現の場と相手をくどく、くどかれるっていう体験を、基礎的なことから自分でやれと。断られて傷つくっていうスタートからはじめることがやったほうがいいと思って、最初はだいたい放っておくんです。でもわかるわけ、ダメだって。だから高橋に聞いてた、誰かいたの?って」
高橋「俺、しょっちゅう聞かれてたんですよ。いま誰と組んでるの? エチュードやってるの?って。いや、まだできてませんって。仲の良い同志で組むってことになるんですがなかなかできなくて。相当何度も何度も聞かれました。今思えば、相手を説得して何もない自分からはじめていくってことから勉強になったとは思います。でも当時はそうなんだって理屈ではわかるけど、うまくいかなくて悶々としていました。誰も相手にしてくれなくて、4月にカンパニーに入って、7月か8月くらいまで何もできなかったですね。やろうとしてダメです、やろうとしてダメですってことが続いていて」
――それがある時口説きおとせた?
高橋「口説き落とせたっていうか、先輩に過去どういうふうにエチュードやったかっていう話を聞いたことがきっかけで、唐十郎さんの『盲導犬』というテキストを使ったエチュードを先輩の方とやっとやれたんです」
蜷川「長い経験で言ってみれば、何千人と若い人と仕事をしてきてるから、どういう資質かはある程度わかるわけ。浮いてるだろうなぁとか。でも、人っていうのは皆と仲がよいといって必ずしも才能があるわけじゃないし、浮いてるからいいってわけでもないしそこのところが判定基準にはならないんですよ。他人がいないとできないってことを感じながらやってみるとわかるんだけど、演技がいいと人は寄ってくるんだよ。つまりよくないやつと組むと損だからやらなくなる。人当たりがよいのは食べやすいお菓子みたいなものだから最初はいいけど、作品をやってみればその成果で判断されるようになる。優秀だなって思うと、人は必ず次やってくれるんだよ。高橋はひとつめがよかったから、その後やりやすくなったと思うよ」
高橋「やる前から聞いていたんですよ、作品や演技でしか自分を実証することはできないからって。でも確かにそうでしたね。何度かエチュードを繰り返していったら、最初はまったく無視されていたのに、じゃあこれやる?て向こうから言ってくれるようになりました。手のひらを返すようにホントにそれは変わりました」
蜷川「それは、とってもフェアなことだと思うのね。そういうことをはじめに知ったほうがいいと思うんだよね。そんな夢のような世界じゃないんだって。自分が声をかけてもふられる場合もあるし、よければ人は寄ってくる。それはぼくの体験からいってもそうなわけで、無名の演出家のときは誰だって相手にしてくれないけど、作品がよければお客さんが増えて取材が増えてと、手にとるように変わっていくんだよね。俳優も自分の仕事で立証していくってことを覚えたほうがいいと思う」
高橋「そういうのって逆もそうだって思います。何かでポロッと変わるんだから、悪くてもポロっと変わる。“今やってる仕事しか自分を立証するものはない”っていう最初に言われたことは忘れられないですね」
蜷川「一番簡単に自分を許す方法は、演劇の場合で言えば、小さな権力をもってる演出家――たとえば蜷川幸雄がーー役をくれないのは、蜷川さんが特別な俳優をかわいがってるからだと思うことなんだよね。演出家の好き嫌いの問題で、自分の能力とは関係ないって思うことで、自分は傷つかないわけ。だけども、下手だから良い役が来ないってことをわかってくれればいいわけで。演劇の現場は苛酷な現場で、他人をオーガナイズし、結果がよかったら相手役が来てくれたり、悪かったらみんな一斉にそっぽむくんだなってことがある。稽古場でも、ダメ出しをものすごくされている俳優のところに誰も寄っていかないよ。どんなに人気があるタレントだって、めちゃくちゃ叩かれてゴミのように言われる時がある。そうすると稽古場で誰も寄っていかない。でも、最終的によくなっていくとまた人が集まってくるんだよ。稽古場って休憩時間に世界が見えるわけだよ。みんながバーッと散っていく中で、人の分布図ができていって、誰と誰が恋愛してるかなんて一発でわかるよ。叱られてダメ続きの俳優が隅っこに居ると誰も側に寄っていかない。ちょっと誉められると、そこにいっておしゃべりをはじめる。嫉妬もされるし、逆に他人をうらやむ場合もあるし、苛酷な世界なんだ。ホントに絵に書いたように世界は鮮明だよ。でも、そこからしか演劇っていう仕事はできないからね」
 
エチュード試験のあと履歴書をひろげて選考 |
スタッフ志望者との面談。俳優と違って一見しては判断できないので、志望者は現場に入って学んでもらうしかないというのが蜷川の方針 |
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折に触れ、蜷川が言っていることがこの対談でも語られている。
最近では蜷川の公演が続き、スタジオ公演どころか、エチュード発表も年に一回しか行われていない。しかしスタジオに入った人達は、稽古場の見学ができるという特権をもらえる。一流の俳優やスタッフによって演劇が作られていく過程を一部始終見ることができるのだ。しかも、機会があれば代役をやったり、出演が決まることもある。まさに実戦的な場だ。
稽古場は自由に稽古に使える。
問題は、生活のためのバイトなどの時間と演劇のための時間とを両立させることだ。これに苦しむ人が一番多いと思われる。
終日稽古を見学した後、夜はバイト。その合間にエチュードの準備もするとしたら、結構大変だ。
生活を採る人も出てくるし、自分でやりたい芝居のジャンルを見つけてそちらへシフトしていく者もいる。
なんのために所属しているのか意志が見えないということで解雇されることもある。
スタジオを卒業して、プロのスタッフや俳優として、蜷川の現場に戻ってくる者もいる。
スタジオの日々には悲喜交々がある。
そして、今年も出会いと別れの季節と俗に言われる3月にスタジオのオーディションが行われ、何人かが選ばれた。
顔合わせが行われ、正式に今年度のスタジオ活動がはじまる。そこを経て、蜷川の課題――他者と向き合うことからはじめて、演技で自分を立証し続ける苛酷な営みがまたはじまる。
今年もまた、蜷川の眼前に新たな人間模様が描かれていく。 |